VIOLENT VIDEO INFO ARCHIVE

本拠は http://m4oism.org/xxx

@アパート

偏食性の男が、隣りの部屋で気違いみたいに暴れている。壁を蹴ったり
殴ったりしていて、その震動で私の部屋に貼ってある死んだミュージシ
ャンのポスターが剥がれて落ちた。前の部屋の若い夫婦は毎晩SMプレ
イにいそしみ、隙間だらけの部屋扉から漏れる喘ぎ声が私を否応無く腹
立たせた。ひとつ下の部屋(ここは2階)の中年はゴミ漁りが趣味の変
態で、アル中。肌が浅黒く、前から禿げかかった頭がド田舎から上って
きた底辺労働者を彷彿とさせて腹立たしい。きっと、夜な夜な前のSM
夫婦のゴミを部屋の中心で広げて、あらん限りの倒錯的変態行為に浸っ
ているのだろうし、実際にそうだった。私のゴミもそいつに漁られてい
るだろうが、別に見られて困るような物など無かった。困るような物が
あるとすれば、小さい子供が食べるようなお菓子の包み紙が大量に入っ
ているくらいだろう。

壁を殴る音が止まった。隣の男の発作が止まったようだ。1日平均して
3度ほど起こるようで、日中や明け方が多い。朝寝の多い私にとっては
特に苦にならなかったが、もうひとつ隣りのサラリーマン男には地獄だ
ろう。実際、あまりのうるささに偏食性男の部屋に乗り込んで叩きのめ
した事があった。その時、何故か私も一緒にやっていて、倒れている偏
食性男の横っ腹を何度も蹴飛ばしまくっていた。そして、偏食性男が気
を失っているのをサラリーマン男と眺めながら、一緒に煙草を一服吸い
金目の物を奪って帰った。頭がおかしい男なので、別に何も言ってこな
かったが、壁を殴ったり蹴ったりするのは止めようとしなかった。なの
で、私とサラリーマン男は定期的にこいつ袋叩きにして、わずかな金銭
(この男がどのようにして収入を得ているのかは分からないが)や物を
奪うことで我慢していた。

私はバイトの無い日はいつもこの狭い部屋でぼーっとしている。今日も
そのようにしてずっと座っていると、偏食性男ではない方の隣室から、
酷く不快な和音を爪弾く音が聞こえてきた。恐らく、変則的な調弦を施
してあるのだろうその楽器は壁越しでもくっきりと、その気の滅入るよ
うな旋律を私の聴覚器官を通し脳内に送り込んでくる。その楽器の奏者
を私は知っていた。さほど遠くない過去にアマチュアのマイナーなロッ
クバンドをやっていて、ただのハードコア崩れのような男だった。彼の
演奏を一度だけ、小さなライブハウスで見たことがあるが酷いものだっ
た。演奏技術はアマチュアにおける最低水準にも達していないし、歌も
まったくメロディーに乗っておらず棒読みのような抑揚の無い声で、背
後で流れる音楽とはまったく相性が無く、詞を忘れたのか時折黙り込む
こともあった。ほとんど聞こえなかった彼の歌にこのような詞があった。

現代社会が生み出した 他虐と自虐の相互増幅実験 としての密室
だから 人は俯き外の流れる風景 を見つめる
それが 例え地下であったとしても 流れる壁を目でなぞれば良い
窓を閉じれば その場の人間の神経は 寸断されてゆく
鏡張りにすれば 気が触れる者が出てくる
人間の視界のベクトルは 胎内から出る前から 死の方角を刺している
視界の奥に存在する物は 一個体としての 人間の醜さである
それを 他人か自分の中かに見付けるかは 人それぞれで
爪を長く伸ばした 人差し指と中指を
両眼に深々と突き刺せば 盲目になれるが
盲目にも聾唖にも健常者にも 精神的な視界があり
憂鬱な視界は 今日も明日も
夢の中にも存在していて 結して濁ることは無い

私はこいつは馬鹿だと思った。冷め切っている客たちに紛れ、すえた臭
いに思わず吐きそうになった反吐を飲み込みその場を後にした。私が、
気違いの遣る瀬無さ、のような物に嫌悪感を抱き始めて久しいが、それ
を再び実感するには充分過ぎる出来事だった。そして、その帰り道で私
は通り魔に襲われ左肩を思いっきり刺された。いきなりのことで、腰抜
かし歩けなくなって苦しんでいる私の肩を担いでくれたのは、先ほど私
が唾棄の限りを尽くしていた、あのバンドの男だった。私は腹の底から
感謝しなかった。私は完全に切れた。「やめろやめろ。カス、クズ、へ
ぼげ、この低能。低能野朗! 殺すぞ、死ね! うんここの鬱病患者!
この劣等遺伝! 触るな。俺を触るな。触ったな! 有象無象の気違い
野朗! 家に火付けるぞ、カタワ、ツンボ、メクラ、カタチンバ! 畜
生畜生、死ね!」

それから私は猛ダッシュで走って帰った。家に帰ると私は卒倒し失血の
為、生死の境を散々さまよった挙句に九死に一生を得た。体が快復に向
かうにつれ、自分の中で激しい怒りと憤りが溢れ、矛先を持たない私は
隣りの偏食性野郎を半殺しにすることで晴らした。何もしていない隣人
を、蹴って蹴って蹴って蹴りまくって私は「犯罪! 犯罪! 犯罪者!
オ・レ・ハ・今、犯罪者犯罪者犯罪者犯罪者犯罪者犯罪者犯罪者犯罪者
犯罪者犯罪者!」と叫びまくって壁を蹴りまくった。そして、破顔で爆
笑しながら自分の部屋へと帰っていった。帰った直後、サラリーマン男
が偏食性男が暴れているのだと勘違いしてさらに袋叩きにした。今思え
ばよく死ななかったものだ。

バンドの男が隣りの部屋に住んでいるという事は、それから2日後に知
った。部屋に小さな女の子を無理やり連れてきて、自分で作った曲を鼓
膜が破れるほどの大音量にしヘッドホンで聴かせていた所を逮捕される
のを見たからだった。女の子は耳の穴から血が出ていた。その原因を私
が作ってしまったのだと思うと、少しだけ心が痛んだ。それ以来、私は
ヘッドホン恐怖症に陥ってしまった。隣りの男とは言うと、何とか執行
猶予で済んだ物の完全に頭がおかしくなってしまい、破滅に追い込んだ
張本人が隣りに住んでいることも知らず、毎日毎日気味の悪い音を垂れ
流し続けている。

そんなことを思い出しながら、私は今日も残暑と言うには早すぎる暑さ
に包まれたこの部屋で、何もすることなく過ごしている。酷くのどが渇
いてきて、私は缶ジュースを買いに外に出て、買って部屋に戻ろうと階
段の1歩踏んだ瞬間、隣りのバンド男の部屋が謎のガス爆発で吹き飛ん
だ。男は死に、私の部屋も壁を突き破って木っ端微塵になっていた。私
は冷たく冷えた缶ジュースを片手に崩壊した部屋の真ん中でただ呆然と
立ち尽くしていた。